第1回研究発表会

日時:1996622() 午後1時30分 〜

場所:東京大学教養学部11号館1101番教室

第1回研究発表会プログラム

「アンデス文化におけるミドル・ホライズンの歴史的役割」

馬瀬智光(京都市埋蔵文化財調査センター)

「土器の属性分析が語るもの ― ウスルタン土器から ―」

佐藤悦夫(富山国際大学)

「ペルー北部の形成期 ― サーニャ谷一般調査の結果から ―」

井口欣也(新潟大学)

 

第1回研究発表会発表要旨

 

1.アンデス文化におけるミドル・ホライズンの歴史的役割

馬瀬智光(京都市埋蔵文化財調査センター)

南米アンデス地域において、文化史上3つのホライズンと呼ばれる時期が存在する。その2番目の時期であるミドル・ホライズンは、ワリ文化の急速かつ広範な広がりを特徴としている。この文化は、ペルー南部海岸との前期中間期(Early Intermediate Period)以来の密接な繋がりのある在地文化が、チチカカ湖畔のティアワナコ文化の強い影響を受けて成立したと考えられており(Schreiber1987:91)、現在のペルーのアヤクチョ県のワリ遺跡をその中心としていた。この急速な文化伝統の広がりを、帝国主義的国家の拡張に伴うものであるとする意見もある(ibid.:94)。従来その特徴として認められてきたものには、類似した建築構造と平面プランをもつ都市遺跡と、両手に杖を持ち、放射状に突起物の伸びる頭衣を被った神像を中心とする個性の強い文様群であった。

しかし、個性の強いワリ文化が後のアンデスの諸文化に与えた影響を考古学的資料として確認することは非常に困難である。考古学的資料として、平面プランや貯蔵施設の形態の類似性から、チムー文化の 中心遺跡であるチャン・チャン遺跡にその影響の結果を求める意見(Isbell 1988:189)も多いが、この評価のもつ間題点として、チムー成立以前に北部海岸では、シカン文化の発達が認められる。その中心地域であるバタン・グランデ遺跡にはワリに特徴的な長方形ないし方形の区画(エンクロジャー)は確認されず、逆にワリの諸遺跡には認められないピラミッド構造の巨大構造物を複数配置するモチェ文化の影響が強く残っている点がある。つまりチムーの建築形態はワリの影響を受けて成立したというよりも、独自に発達したと考えた方がよいのではないかと考えられる点である。また、もう一つのワリの顕著な特徴である土器様式も各地に模倣・派生スタイルが作られるが、後期中間期にその影響をとどめるのはワリのイコノグラフィーではなく、南部海岸に起源をもつ橋状把手付双注口 土器の定着である。

多くの研究者に語られてきたこれらの特徴は、確かにミドル・ホライズンという時代の明確化には有効と考えられる。しかし、ワリ衰退期にその影響が著しく減少する点で、アンデス文化の継続的な進展にこの文化の果たした歴史的役割を示す指標とはなりにくい。それでも、 明らかにワリ文化の影響を受けた変革の波は、その文化領域から外れる北部高地や北部海岸にも認められる。そして、この変革を最も端的に表出しているものとして埋葬形態の変化を上げることができるが、従来深く考察されることはなかった。その変化とは、「伸展葬」から「しゃがみ(座位屈)葬」への変化である。

 今回の発表では、この埋葬形態の変遷過程を具体的な資料を通じて明確にすることを目的とし、モチェ谷、サンタ谷、チャンカイ谷、チジョン谷、アンコン谷、イカ谷、リオ・グランデ・デ・ナスカ、アヤクチョ盆地出土の各埋葬資料を分析に用いた。このうち、ミド ル・ホライズンを挟んだ初期中間期と後期中間期(Late Intermediate Period)を通じて変化を追認できるのはわずかに、モチェ・チジョン・イカ・ナスカの4流域であるが、北部・中部・南部の代表的な文化ゾーンであり、それらの特徴と単独時期の他地域資料を組み合わせることでアンデスの、特に海岸地域の葬法の展開をある程度明らかにしえると考える。各谷の葬制の変遷を分析した結果、前期ホライズン以来一貫して「しゃがみ葬」を主流の埋葬姿勢に適用してきた南部海岸のイカ・ナスカ流域を除き、初期中間期の段階では主流を占める埋葬方法は伸展葬であった。それがチャンカイ谷やチジョン谷資料などからミドル・ホライズンには「しゃがみ葬」への転換がみられ、後期中間期になるとすべての流域で「しゃがみ葬」に変化していることが確認される。今後、これらの変化の背景にあったワリのもたらした葬送儀礼とは何か。何故、「伸展葬」を変更する必要性があったのかを検討しなければならないが、そのヒントになりそうな資料としてシカンにおいて使用された二つの埋葬方法が考えられる。

 

2.土器の属性分析が語るもの ― ウスルタン土器から ―

佐藤悦夫(富山国際大学)

1発表の目的

土器の比較研究のための方法論について考える。

 1)現在までウスルタンは、土器の胎土、表面調整、文様などの属性から分析されてきた。器形の属性から何がわかるかを検討したい。

 2)土器の器形の属性の中で、どの属性が重要かを把握し、報告書の土器の記述の中で器形に関する共通した記述の様式を検討したい。

2分析の方法

 1)チャルチュアパ遺跡のウスルタンの器形に関するSharerの抽出した属性をもとに、ウスルタン土器の比較を行った。

 2)比較の祝点

a)ウスルタン発生の地の一つと考えられるエル・サノレヴァドル北部の5種類のウスルタン土器の器形の属性の特徴およびその変遷の過程を捉える。

b)同時代の土器と器形の視点から比較してウスルタンの特徴を捉える。

c)周辺地域で出土するウスルタンの土器

を器形の視点から比較する。

3.分析の結果

 1)5種類のウスルタンの器形の属性において連続性はあるか?

 2)同時代の他の土器と比較してウスルタン独自の特徴はあるのか?

 3)周辺地域で出土するウスルタンはどの特徴を有したウスルタンか?

4.まとめ及び今後の課題

*土器の器形の属性の比較が土器研究の一つの有効な手段であるならば、客観的資料として有効に活用できる報告書として、どのような共通の記述の様式を提示したらよいのか。

*どこまで細かく分ける必要があるのか?

 

3.ペルー北部の形成期 ― サーニャ谷一般調査の結果から ―

井口欣也(新潟大学)

 報告者は199510月から11月にかけて、Elmer Atalayaとともにペルー北部サーニャ川流域を中心とする地域で一般調査をおこなった。サーニャ谷およびその周辺地域は、海岸のセンター遺跡プルレン、そのやや内陸にあり、金製品出土で知られるセロ・コルバッチョ、コレクターの所有するいくつかの祭祀土器の出土地とされているカヤノレティ、「チャビン・スタイル」の多色岩絵で有名な上流域のポロ・ポロなど、注目すべき形成期遺跡の存在が 知られている。しかし、一般調査は、Dillehay(1986)の報告などわずかにあるのみで、形成期における全体的把握はこれからの課題となっている。今回の調査では約35の遺跡 (うち形成期遺跡は10)を登録した今回の発表では、調査で得られた資料に加え、既存の研究や同地域出土のコレクションなども参考にしながら、隣接するランバイェケ川流域、ヘケテペケ川流域との関連などについて考察する。