アメリカ留学を志す方々へ

松本剛(南イリノイ大学考古学調査センター)

 

会員の皆様こんにちは、南イリノイ大学の考古学調査センターで調査員をしております松本剛と申します。この度は代表幹事の坂井先生から、「これから海外で古代アメリカ研究を本格的に志そうとする若い人たちに向けたコラムの執筆をお願いしたい」とのご依頼いただきました。私のこれまでのアメリカでの経験が、若い人たちにとって何かの役に立つなら幸いと思い、快諾いたしました。

 

さて、留学についてお話しする前に、まずは参考までに私自身のこれまでの経緯を最初にお話ししておこうと思います。

 

● 一般職を経験した後、専攻を変えての学部編入

 

私が最初にアメリカに渡ったのは1998年の夏でした。私立外大で英語学を学んだ後、三年間就職してから、南イリノイ大学(SIU)カーボンデイル校の人類学科に学部編入しました。伝統的なFour-Fieldアプローチを取る大学が多いアメリカでは、考古学は人類学の一分野として分類されます。直接大学院に進学するのではなく、学部に編入したのは、日本での専攻が言語で、考古学や人類学の専門的な教育を受けたことがなかったからです。

 

日本での単位(特に教職課程の単位)が認められ、四年次への編入が許されました。残り数単位を修めれば卒業できましたが、SIUの決まりで三つの単位(学士、修士、博士)を連続して取得することができなかったため、学士を修めることなく大学院に進みました。学部で教わった先生方に推薦状を書いていただいたので、入学審査はスムースでした。

 

大学院で最初の一年を過ごした直後(2000年)、家庭の事情により休学することになりました。休学期間はトータルで三年に及びました。この三年間に再就職し、さらに結婚と第一子誕生を経て、2003年の秋学期に復学を果たしました。以来、子育てと学業を両立させながら、修士と博士の二つの学位を修め、20152月から母校・南イリノイ大学の考古学調査センターにて研究員を務めています。

 

私のケースで特徴的なのは、以下の五点です:

 

(1) 日本での専攻が考古学でも人類学でもないこと

(2) 大学院ではなく、学部編入からスタートしたこと

(3) 就職により、さらにスタートが遅れたこと

(4) アメリカ国籍や永住権を持たずに家族を伴って渡米したこと

(5) 留学を視野に入れて大学でしっかり英語を学んでいたので、読み書きはもちろん、ネイティブとの会話にもそれほど苦労はなかったこと

 

● 「急がば回れ」の意味を知る

 

私は少し前まで、上記の五つ目以外はすべて私のディスアドバンテージだと思っていました。しかし、ある状況においてはディスアドバンテージと思われることも、状況が変わったり、見方を変えることができれば、それは一転してアドバンテージに変わることがあります。

 

たとえば就職や休学によって私のキャリアは大いに遅れましたが、在職中に身に付けた知識や技術が後に私の身を助けることになりました。大学卒業後の三年間も、休学中の三年間も、ソフト開発会社でコンピューターソフトやハードの基礎を学びました。この時に学んだプログラミングの基礎やインターネットに関する知識がアメリカの大学でアシスタントシップ(※ 学費が免除になる上に給料がもらえる学内の仕事)を得る際にアドバンテージになったのです。私が所属していた人類学科は学生数と仕事数のバランスが悪く、毎学期、仕事にあぶれる学生が続出します。学内で仕事が得られず、学外でアルバイトをしながら食いつないでいる学生や、生活が苦しくていつの間にかドロップアウトしていく学生も少なくありません。学内アシスタントシップは、学生にとって何よりも大事なライフラインなのです。私は回り道をしながら身に付けた知識と技術のおかげで、一度も仕事に困ることはありませんでした。ある時は人類学を教え、ある時はコンピューターラボで働くことができたのです。それは本当に幸運なことだったと思います。

 

また、私を長いことコンピューターラボで雇ってくれた人は留学生に対する理解がとても深い人で、同程度の知識や技術を持った候補者が二人いたら、迷わず留学生、しかもより生活が苦しい方を選ぶという人でしたので、私が家族連れであることも一転してアドバンテージになりました。さらには、最初に勤めた会社が独自の地理情報システム(GIS)を開発していたこともあり、2000年代に入って若い考古学者たちの習得必須技術となったGISは、私にとって常に身近なものでした。これは、後に私がGISスペシャリストとして指導教授のプロジェクトに参加する際に大きなアドバンテージとなりました。

 

ですから、私がまず最初に言いたいことは、一時の状況を憂いて本当に大事なことを疎かにしたり、諦めたりするべきではない、ということです。回り道をしなくてはならない状況に追いやられても、決して腐ることなく、目の前にあることに全力を尽くすことが大切だと思います。ひとつの目標に向かって進む過程で目の前に現れるこに、何一つ無駄なことはないと思うからです。

 

● 基礎作りは日本でするのがお勧め

 

以上に述べた私のケースは少々特殊かもしれません。ですので、ここからは「もう一度やり直すことができたら、私ならどうするか」という仮定のもとでお話ししたいと思います。

 

私はこれまでに何度か、留学を志す学部生から相談を受けたことがあります。「留学したいのですが、どうしたらいいでしょうか」という漠然としたものが多かったと記憶しています。自らの経験と失敗、様々な後悔を踏まえたうえで私がお勧めするのは、留学前に、まず日本でしっかりと人類学の基礎を学び、研究者としての基盤を作ることです。この基礎とは、専門知識や技術のみならず、研究者間でのネットワーク作りも含まれます。日本にはこうした基礎作りに適した大学が揃っています。そして、できることならこうした大学で大学院に進み、博士前期課程までを終えて(=修士号を得て)、調査のプロセスをひと通り経験してから、海外の博士課程に進学するのがいいと思います。そして、博士論文研究のための明確な調査プランをあらかじめ用意しておく。そこまでの準備ができていれば、海を渡る頃までには一専門家としての自信も生まれていることでしょう。

 

アメリカの大学院では、とにかくたくさんの論文を読まされ、書かされますから、考古学についてすでにしっかりと学んでいることは大きなアドバンテージになると思います。これによって、余力を考古学以外の(必修となる)言語学や自然人類学などの別の分野の勉強に費やすことができるからです。また、英語で読み書きするということに抵抗を感じなくなるまでに英語力を上げておくことも必要だと思います。

 

● 研究者としてのキャリアだけでなく、人生全体を考慮した将来設計が必要

 

留学をしてまで研究を続けるということは、当然その根底には研究者として身を立てるという志があるのだろうと思います。ですが、研究者であることだけが人生ではありません。時間が経てば経つほど、研究以外の事柄が心の中で少しずつ大きな比重を占めるようになります。上に述べたような経済的な理由のみならず、年を重ねるにつれて様々な心配事が蓄積し、結婚や異分野での就職などに安らぎを覚えてドロップアウトしていく学生が少なくありません。私が日本で基礎を作ることをお勧めするのは、それが大きな時間短縮に繋がると思うからです。最短時間で学位を取得し、なるべく早くに就職口を見付ける、それがベストだと思います。日本に基盤があれば、日本での仕事も探しやすいかもしれません。

 

また、留学を考えるときだけでなく、研究生活そのものに身を投じる前に一度、自分の人生というものを長期的な視野でしっかりと考えてみることも大切だと思います。そしてひとたび覚悟を決めたら、あとはただひたすら邁進するだけです。若いころの情熱は宝です。ですからその情熱を燃やし尽くせるベストな選択をしてほしいと思います。