アメリカの大学院紹介1:アリゾナ州立大学

村上達也(テュレーン大学人類学科)

 

以下の文章は、本学会会報16号(2004年)に投稿したものです。10年以上経ち、詳細については大きな変化がありますが、大まかな流れはそれほど変わっていないので、そのまま掲載することにしました。 立場が変わり現在は大学の教員になりましたが、当時の私が「大量」の論文を読まされると発言していることが面白可笑しくもあります。現在は逆に、学生に読ませたい論文の量が多すぎて、削りに削って本当に重要なものを選ぶのに苦心しています。また、当時の私が言うところの「金持ちの私立大学」に現在勤務しており、大学院生は全員学費免除になりますが、こちらにはこちらの苦労があることも実感しています。当然のことですが、どこにいても、やることにそんなに変わりはないのだということでしょう。ちなみに、アリゾナ州立大学の人類学科はその後名称ならびに組織が変わり、「人類進化・社会変化研究院」となり、さらに巨大化・多様化しております。

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最近アメリカやメキシコなど海外で学位を取る学生が増えてきています。私は2000年からアリゾナ州立大学人類学科の博士課程に留学していますが、日本にいる学生から進学先について相談を受けることが度々あります。そこで学生が大半を占める本学会の現状を踏まえて、アメリカの大学院の紹介をしたいと思います。タイトルに「1」と付けたのは、他にも留学している方からの投稿を願ってのことです。アメリカの大学院と言っても大学によってかなりの違いがあるので、今回は私の知っている範囲で紹介させていただきます。

まず、日本の大学院と最も異なるものに授業があります。1つの授業はたいてい1週間に2回あります。最大の特徴は大量に論文を読まされることです。1回の授業に本1冊というのは日常茶飯事です。そして一学期に授業を2つか3つとると寝る時間がなくなり、学期が終わる頃には段ボール1箱分の論文のコピーがたまります。授業の内容も読み物についてのレジュメ発表などはなく、とことんディスカッションをします。さらに、学期末にはその授業で学んだことをもとに論文を提出しなければいけません。論文は文献研究でよい場合もありますが、実際に何かを分析しないといけない場合もあります。いずれにせよ、授業での読み物をこなしながら自分のプロジェクトを進めないといけないので、時間的にかなり苦しくなります。しかし、こうして授業でかなり鍛えられるのでかなりの自信になります。

次に博士を取るまでの過程を簡単に説明したいと思います。まず、当然ですが、トピックを決めます。そしてそれに応じて自分の博士論文の審査委員(3人から5人くらい)を選びます。この審査委員の委員長が指導教官に当たります。その後、授業を取り終わった頃から博士の候補になるための資格試験の準備に入ります。この資格試験は大学によって異なりますが、ASUでは18時間、2日に渡って軟禁されて審査委員が考えた問題について論文形式で解答します。この資格試験では3つのトピックを選びます。一つは自分の専門とする地域と時代、2つ目は理論、3つ目は方法論について選び、その後それぞれのトピックについての文献を集め文献表を作ります。文献の数はだいたい200から400くらいです。この文献表が認められればひたすら読んで試験に挑むわけです。その試験に通った後、今度は博士論文のプロポーザル(調査計画書)を書きます。このプロポーザルが一番の難関です。博士論文の目的、方法、先行研究をまとめ、予想される結論まで書かないといけません。つまり、実際のデータと分析を抜かした博士論文の縮小版を書かなければならないのです。このプロポーザルを書き、審査委員会でディフェンスをして認められて晴れて博士候補になるわけです。プロポーザルを基金や財団に申請して調査資金を集め調査をし、論文を執筆し、博士論文の口頭試問に通れば博士となるわけです。日本と違い、いろいろな手続きがあり時間がかかりますが、こういった通過儀礼を経て一人前の研究者として認められるわけです。

次に財政的な面について一言。確かに留学はお金がかかります。しかしながら、日本で大学院に通うことを考えると、実はアメリカの方が安い場合があります。これは大学によって地域によってかなり違ってくると思いますが、たいていの大学ではティーチング・アシスタント(TA)やリサーチ・アシスタント(RA)というポジッションがあります。ASUの場合ですと、TAあるいはRAになると学費が免除になり、週に20時間(ハーフタイム)程働くと家賃を含む生活費を払える程度の給料がもらえます。したがって、学期中は生活に困ることはありません。ただ、大学の財政状況により、TARAの数が限られるため競争が激しいですが、裕福な大学に行くとそれほど問題ではないようです。金持ちの私立大学に行くと、学費は全額免除で生活費付きというところがあります。残念ながらASUはかなり貧乏な方に属しますが、アリゾナは物価が安いため何とか生活はできます。問題は夏休みの間で、この間は給料はありませんから、何とかしないといけません。ほとんどの研究者は夏の間に調査を行いますが、調査に参加して給料を少しもらったところで生活はできません。留学生は学外で働くことは禁止されているので、学内で職を見つけるか、日本に出稼ぎにでるかしかありません。幸いにASUの人類学科には夏の間にフィールド・スクール(野外実習)があり、この間にTAとして働くことができます。しかもフル・タイム(週に40時間)で働けるので給料も2倍になります。私は1年目には考古学のフィールドスクールで、2年目以降は民族誌のフィールドスクールでTAをやって生き延びています。この夏休みさえクリアすれば、何とか研究を続けることができます。また私が留学してから知ったことですが、調査のための助成金はいろいろありますが、生活費を対象にした奨学金のほとんどはアメリカ国民が対象なので、私たち留学生は応募する資格がありません。アメリカにも日本学術振興会特別研究員のような制度があるのですが、これも国民が対象です。したがって、留学で成功する秘訣は比較的裕福な大学に行くことだと思います。実際、博士を取るのに何年もかかる学生の多くが財政的な問題によります。

さて、以上アメリカの大学院についてASUを例に紹介してきましたが、最後にASU自体の紹介をしたいと思います。ASUの人類学科には常勤の教員が36人おり、院生は合計200人近くいるかなり大きな学部です。単純計算で考古学はこれらの3分の1ということになります。ASUの考古学はやはり地元のアメリカ南西部の考古学が最も強い分野ですが、それに続いてメソアメリカ、アメリカの他の地域、中東、エジプト、ヨーロッパ、南アフリカなど比較的世界中に散らばっています。メソアメリカについては、最近静かなブームになっているメキシコ北西部、オルメカが栄えたメキシコ湾岸地域、そして古典期で最大の都市テオティワカンで調査を続けている先生方がいます。また、ASUはバイオアーケオロジーを専攻できる数少ない大学の一つです。このプログラムは考古学と形質人類学両方を組み入れたものです(修士しかなく、博士からは考古学か形質人類学のいずれかを選択しないといけません)。付属研究所にルーシーを発見したジョハンソン率いる人類の起源研究所、考古学研究所、埋蔵文化財研究所、そして他の分野と共同の環境研究センターがあります。この環境研究センターでは、長期的な視野にたって考古学、文化人類学、生物学、生態学、地理学、社会学など共同で環境と人間の関係についての調査が進行中です。

以上アメリカの大学院のシステムならびにASUについて簡単に紹介しましたが、日本で進学先が限られている現状を鑑みると、アメリカを含む海外の大学院も一つの選択肢に入れられるのではないでしょうか。進学先によっては財政的に日本よりかなり恵まれているところもあります。また、日本で留学のための奨学金を申請することもできます(留学後は申請できなくなります)。本稿が進学を考え中のみなさんのお役に立てたかどうかは分かりませんが、少しでも多くの方が進学され日本における古代アメリカ研究がさらなる発展を遂げることを祈っています。